アクション写真界のキャパ (^_^;) こと <大阪Z80> が館長を務める私設博物館

カメラと私

 私の親父が写真好きで、小さな頃から私にもカメラを与えてくれました。
今では珍しく無いかも知れませんが幼稚園の遠足でカメラを持っていったのは
当時は私だけでした。カメラは「コニレット」というカメラで現在の35mmフィルム
と同じようなフィルムを使うのですがパーフォレーション(周りのフィルム送りのための穴)
が無かったように記憶しています。勿論全部マニュアルですので距離、シャッタースピード、
絞りは合わせる必要がありましたが、モノクロでしたので結構ラチチュードがあり
よく写っておりました。当時としては非常にコンパクトに出来ており私は今でも
名機と思っています。当時の小西六、現在のコニカ製です。フィルム現像はカメラ屋に
出しましたが、現像は親父が自家現像してくれました。私は暗室で印画紙を現像液に
入れると段々に画像が現れてくる感動は今でも忘れられません。

 その後フジペットというカメラを買い与えられました。このカメラは子供用に
作られており、お天気マークを合わせて@でシャッターセット、Aを押すと写りました。
たしかブローニーサイズのフィルムを使っていました。これは子供用でしたが大きかった
です。親父は6X6の2眼レフから当時としてはかなり高額であったと思いますが
ライカのVFのボディーと交換レンズ群とアクセサリーに買い換えました。
毎日磨いては楽しんでいましたので写真自体よりもメカマニアだったかも知れません。
私が1眼レフを購入したのはキャノンFTというカメラでした。これはボディーは
買いやすい値段でしたがレンズはキャノンFLレンズ群がマウントできたのです。
当時はニコンFという名機があり、プロは誰でもニコンFを使っていたと言っても
過言ではないように記憶しております。しかし所詮高値の花でした。
その後キャノンペリックスやキャノンFTbを使い、自動露出になってからも
キャノンAE-1等を使っておりもっぱらキャノン党でした。このホームページの
画像の多くはこのキャノンAE-1にモータードライブを付けて、甲子園で寝っころがら
なくても良いようにアングルビューファインダーで28mmの広角を常用しました。
それと望遠系のズーム1本でいつも撮影に出向いたものでした。モデルさんの
撮影には105mmのぼけ味が非常に美しいレンズを持っていきました。
このレンズはだれがどんなモデルさんを写しても美人に写りました。(笑)

気付かれないように撮らせていただくために!

 しかし、こっそり撮らせていただくには1眼レフは、不向きな部分が多かったのです。
第一にシャッター音が大きすぎました。構造上1眼レフはフォーカルプレーンシャッターと
ミラーを蹴り上げる必要があるためです。また形が大きすぎましたので、もっぱらレンズ
シャッターの小型の広角系レンズが付いてるものを愛用しました。ただコニカからリモコンで
シャッターが切れる1眼レフコニカFS-1が発売され、しかもモードラ内臓でしたので
飛びついて購入し、このカメラも結構愛用しました。なにしろ50mくらい離れても
シャッターが切れるのですからラジコン飛行機に積んで地上の写真を撮る以外に
用途が色々あるのは皆様のご想像どおりでした。(笑)良いカメラでした。
私は機械好きでしたので自分でカメラを改造することもありました。
カメラ屋では下取りと称して使い物にならないカメラでも新品を売るために
買い取っており、それを100〜500円くらいで売っていることがあります。
それを買って部品を取ったり、修理したり盗撮用のアイテムを作ったりしました。
実際に撮影するより、想像をめぐらしてカメラを改造すること自体が楽しかった
ことを記憶しています。

 現在はデジカメで思ったことが何でも出来ます。
写真屋で現像する必要がない。シャッター音がしない。フィルム巻上げが不要。
勿論オートフォーカス、自動露出等々。ホームページでこれだけ逆さ撮り
のサイト、画像貼り付け掲示板が多いにはデジカメ普及の副産物でしょうね。
デジカメは触るところがない完璧な物ですので、かえって面白味がないと
嘆くのは、昔デジカメが無かった年寄りのひがみでしょうね?!

2002年4月25日 大阪Z80


コニレット

キャノンFT

コニカFS-1

キャノンAE-1

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